2010年06月30日
桃次郎のこと 其の三
桃次郎は家猫である。
正式な呼び名かは定かでないが、専ら家の中にいるので家猫といっている。
もちろん、本人の意思を確認して”家猫”として育てたのではない。本来の気まぐれの性質を尊重して自由気ままに暮らさせるか、家族の一員として「ぺット」に徹する生き方を強要するかは賛否の分かれるところであろう。
しかしながら、我が家の立地には特別な事情がある。隣がドライビングスクールなのだ。30年程前になるだろうか、「びっき」という猫と暮らしていた。一歳にも満たない女の子である。わたしの母の目の前でその惨劇は起きた。初心者どころか生まれて初めての公道運転に緊張する若者の操る教習車に向かって飛び出したのである。
『ビッキー!!』と叫ぶ母の声がこの世の最後の言葉。彼女は幼い一生を終えたのだった。
ドライビングスクールでは、猫が飛び出してきても急ハンドル、急ブレーキを避けてそのまま進みなさいと教える。もっと大きな事故を防ぐためにはその通りである。彼らに非は無い。
そういう所である。本人の意見を聞くまでもなく、彼は”家猫”となった。
やはり、本人とよく話し合うべきだったのか、本人は家猫である自覚が無い。とにかく外に出たがる。実際、外に逃げ出す。
最初は、うっかり家族が閉め忘れた玄関や勝手口から無邪気に外に出ていた。今は、はっきりと自分の意思を持って出口を探す。玄関に来客の気配を感じると、隙を狙って身構えている。
玄関には「猫がいます、必ずチャイムを鳴らしてお待ちください」の張り紙が必要となった。当地はインターホンやチャイムを使う習慣がない。我が家は鍵を掛ける習慣もない。いつでも、誰でも玄関戸を開け放ってから「こんにちわ」と声を掛けるのが普通なのだ。その、大らかな風習は桃次郎によって変更を余儀なくされた。
我が家にはクーラーが無い。庇を深く作り、風通しのよい夏を旨とした自信作の自宅である。今の時期の茶の間は北も南も大きな掃きだし窓を開け網戸でしのぐ。各自の部屋も同様である。二方向の窓を開放すればエアコンは必要ないというのが私のポリシーである。網戸は数年で劣化するから自分で張り替えている。この網戸が、ことごとく桃次郎によって破られていくのである。
桃次郎はあらゆる引き戸を開ける。ふすま、障子はもちろんだがアルミサッシの窓も網戸も全部開ける。最初は網戸も一生懸命開けていたが、ある時虫を追いかけて網にぶら下がった拍子にめくれてきたのだろう。網戸は力ずくで壊せるものだと気付いた彼は、すべての網戸にアタックを始めた。そして現在、我々はアルミサッシを締切り、クレセントを掛けこの夏が過ぎるのを待っているのである。桃次郎も人間も暑さで伸びきっている。夏は長い。
”家猫”を返上して、彼の生きたいように自由に外へ出そうかしら。もし事故にあっても、それも猫生と割り切るか。教習者の車列を考えるとね。悩ましいね。
2010年06月29日
血液型性格分類
一般的に血液型といえば、ABO型で分類されている。
日本人の場合はA型:O型:B型:AB型の分布は4:3:2:1の割合である。
この血液型と気質、性格との関係は能見正比古、俊賢の親子が一般書を刊行して広く知られてきた。
テレビや週刊誌などにも面白く取り上げられてきたので誰もが一度ならず聞いているだろう。
しかし現在では、医学的にも心理学的にも統計学的にも検証されておらず、疑似科学とか病的科学のカテゴリーに入れられている。
わたしは、場を盛り上げるために割り切って話題にしてきた。
S医院の上棟式が執り行われた。
S先生と親しく話す機会があったので、お医者さんとしてはどう思われるか聞いてみた。
『血液型なんか関係ないよ。ナスと大根ときゅうりは何型でもナスと大根ときゅうりなんだ。でも、みんな生の状態はA型で、塩漬けがO型、煮付けるとB型、チャンプルーにするとAB型なんだな。』
ウーン・・・唸ってしまった。
深い・・・・・・・・・・・・・・・・。
2010年06月28日
お盆とお膳の話し
お世話になった方の四十九日法要に行ってきました。
お導師の読経の後、参列者の焼香になりますが、その間に法話をいただきました。
まもなく7月13日の盂蘭盆を迎えます。この辺では一ヶ月遅れの8月13日にお墓参りをして、親戚が集まったり故郷に久し振りに帰った旧友に会ったりと楽しい夏休みを過ごします。
このお盆の『盆』という字は、皿を分けることを意味しているそうです。亡くなった先祖にも生きている人たちにも同じように分け与えるために使用するのが『お盆』なのだそうです。
盂蘭盆会(うらぼんえ)については、目連尊者が亡き母が餓鬼道(がきどう)に堕ちて苦しんでいるのを救うために仏僧に食べ物を捧げたのが始まりとか聞いてましたが、古来の祖霊崇拝とか無縁仏の供養とか様々な意味あいがあるんですね。
一方、自分のために盛り付けるのが『お膳』だそうです。そういえば何となく言葉を使い分けますね。
世の中には一度手に入れたら絶対離さない・・『お膳』しか持ってないような人もいるようですが。
先祖の霊はもちろんのこと、地獄界や餓鬼道に堕ちたすべての有縁無縁の霊に分け隔てなく、お盆に載った皿の食物を与えて残されたものを有り難くいただく。お盆の心を忘れないで生きていきたいものです。
2010年06月25日
残念ですが、桃次郎ではありません
ついに、このブログに写真が載りました。
残念ながら『桃次郎』ではありません。
個猫情報保護の観点から詳しくは書けませんが、当社のY部長の愛猫Rちゃんのようです。確実な情報ではありませんが、推定年齢5歳くらいの自称アメリカンショートヘアーの女の子のようであります。
このブログは徹底してアナログでいこうと考えていました。いま流行の絵文字や写真を使わないようにしてきました。映像や音から頭に直接入力してくる最近の情報発信の傾向になんとなく疑問と不満を持っていたんです。文章だけからその場面に想像を巡らす楽しさを味わっていただきたいと思います。
今日の話は「マメコバチ」という蜂のことです。
福島県の大内宿という茅葺き民家の残る古い家並みを見てきました。ちょうど茅屋根の修繕をしている民家があり、大変懐かしい思いをしてきました。茅を切りそろえる時の煤(スス)と埃(ホコリ)の匂いが少年の頃を思い起こしてくれました。
隣の軒下に葦(アシ)を束ねたものが沢山下げられていました。近づいて見ると小さな蜂がブンブン飛んでます。
説明看板があり、「マメコバチ」といって、りんごの受粉用に飼われているようです。ハナバチの類は花粉や花蜜を蓄える蜂で、ミツバチがその代表でしょう。ミツバチはその名の通り蓄えた”蜜”を人間が頂戴するために古くから利用されてきました。もう一つの大事な役割が果樹の受粉の手助けだとは知ってましたが、それ専門の蜂が飼われているのは知りませんでした。
ハキリバチ科の蜂はアシ、ヨシ、カヤの筒中に巣を作るそうです。茅葺き屋根が普通だった頃は、わざわざ巣をぶら下げる必要はなかったようです。
今日のメインは、この説明看板です・・・・・
<巣の材料・・・・葦(あし)
<大きさ・・・・・・ミツバチより少し小さい
これからが凄い!
<働き・・・・・・ミツバチの82倍
?????82倍????
どうやって82倍という具体的な数字が出てきたんでしょうか。誰がどうやって調べたんでしょう。数十倍とか、百倍近くとか、せめて約80倍ぐらいの表現なら見過ごすところですが・・きちっと82倍ですよ。興味が湧きますね。
この看板は、しっかり携帯で撮影してきましたからご要望があればブログに載せたいと思います。あらら、写真なしでいきますと宣言したばかりでした。
2010年06月24日
おしらせにゃん。

モデル:部長の愛猫
2010年06月23日
『専務のつぶやき・・・なんですけど』
22日は、夏至と二十四節季のことを書いて、公転面と地軸のずれから季節の話しをして、新暦と旧暦のことに触れて、月齢十日の上弦の月を見て幼い頃を思い出した話しを書こうと思ってました。
午後から打ち合わせがあって・・・
「専務のブログを楽しみに見てますよ」
『お二人目です。ありがたいことです。』
「仕事に関係がないところがいいですね」
『はい、読んでもらえるように仕事以外の話題を考えてます。』
「専務しか書かないんですか?」
『そうですね。』
「H建設は社員がみんなで書いてるようですよ」
『そうですか。』
「みんなで書けばいいのにな」
(小声で)『専務のつぶやき・・・なんですが・・・。』
2010年06月21日
ケヤキも語って欲しいという事で
この前のブログでメタセコイアへの思いを書いたが、ローズガーデンに行くと、一番の樹高を誇り、たわわに枝を張って偉そうにしているのは「ケヤキ」である。
ケヤキはこの辺の山にいっぱい自生しているし、街路樹や公園で日陰を作る役割でしょっちゅう目にする。全国的にも最もポピュラーな街中の樹木だ。
冬の枝だけになった樹形も見事で、仙台市の定禅寺通りの光のページェントも何度か見ている。仙台をはじめとして市町村の木としている自治体も多数あるようだ。
建築用材としては、最高級に属し、高級な建物や社寺仏閣には古くから多用されている。高級用材の双璧を為す「ヒノキ」は残念ながら当地にはない。昔から高級木材といえばケヤキをさす。
その木目は美しく、強度も耐久性も他に比べて抜きんでる。しかし、山奥でしか大木が採れないので長年の積雪に耐えた曲がったものが多い。そのため、製材するまで何年も寝かせ、荒く挽いた盤をまた寝かせて、使用するときに癖をみながら最後の挽きたてをおこなう。なんとも手間のかかる材木である。
30年ほど前になるが、重要文化財「旧米沢高等工業学校本館」の保存修理工事に携わった。階段や靴摺り(敷居のこと)の様に磨耗し易いところとか、貴賓室の腰板の様に特別な装飾が必要なところに使われていた。当時(明治42年)の仕様書には「槻(ツキ)」との表示があったから、ケヤキの別称であることをその時知った。
ケヤキは建築だけでなく、指物(さしもの)にもたくさん使われているが、ほとんどが薄くスライスされた化粧合板としてである。骨董品として残された古い船箪笥なんかを見ると、材料の選び方、使い方、加工組み立ての匠の技に感心させられる。無垢材だから、その素性も性質も経年の後もすべて計算しないと何百年も使用に耐えるものができない。計算というよりもケヤキの気持ちになって作られたとしか思えないものもある。
当地の歴史ある社寺はほとんどがケヤキを主材料としている。新緑のケヤキの日陰で、数百年の歴史とその時の匠の技を今に伝える古刹に佇んでみるのもいいものである。
2010年06月18日
メタセコイアの話しです
2004年、当社から1ブロック北に『レストラン ローズガーデン』を建てさせていただきました。
この辺は、土地区画整理事業の区域なので新しい建物とアスファルトの駐車場だらけです。そんな中に忽然と現れたオアシスみたいなとても素敵なガーデンレストランです。5年を経過してようやく”森”と呼べるようになりました。
名前のとおり、今を盛りといろんなバラが咲き誇っています。庭の中には数十本の樹木が植えられています。その中でも特にわたしはメタセコイアの木が好きです。
針葉樹なのに紅葉して落葉する木です。今の季節は薄黄緑色のやわらかい新葉がとてもきれいです。米沢は秋になると紅葉した山々に囲まれますが、いろんな木の中でも落葉する直前に黄金色に輝くカラマツが前から大好きでした。これも針葉樹なのに落葉するので、建築用材として使用する時は「ラクヨウ」と呼んでましたね。ローズガーデンにこのメタセコイアを植えることになってすごく嬉しかったんですが、植樹の際は枝を短く切り落としてきますから、5年位は待たなきゃと言われてたんです。やはりその通りで5年掛かりましたね。
梅雨空の湿気と暑苦しさは人間には最悪ですが、植物にとっては最高の季節なんでしょう。今日も元気にしてました。赤や黄色のつるバラに巻き付かれている奴もいましたが、まんざらでもない様子でした。
メタセコイアを知ったのは、ちょうど建ててるときにNHKで放送されていた「冬のソナタ」を真剣に見てたからです。ヨン様とチェ・ジウちゃんが建築デザイナーという設定でしたが、二人がデートする並木道の木は何だろうと調べてメタセコイアを知ったんです。ガーデン屋さんがメタセコイアをシンボルツリーにしようと提案されたときは無条件賛成でした。ほんとにいい木ですね。
このメタセコイアは「生きてる化石」といわれてるんですよ。第二次世界大戦真っ盛りのころ、日本人の三木博士が絶滅した植物の化石を発見して「メタセコイア」と名付け、その後、三木博士が終戦の年に中国に自生している生きているこの木を発見しました。こんな縁で戦後に日本が国として譲り受けて全国に植えられていった比較的歴史の浅い庭木なんです。
同じように「生きてる化石」といわれる木には、いちょうやトウカエデ、イタヤカエデがあります。どちらも、ローズガーデンには沢山植えられています。
人間は季節の移り変わりに鈍感になってきたような気がします。暖房、冷房も整ったところで生活してるからなのか、四六時中忙しくしているからなのかしら。外界とあまりにかけ離れた室内空間を作り続けた建築の責任もありますね。
わたしも化石に近づいてきてますから、メタセコイアとゆっくり一日を過ごすのもいいかなと思ってます。
2010年06月16日
世cup ?
"W杯"でワールドカップ(World Cup)と読ませた人はすごいですね。昨日も今日もW杯の話題で持ちきりです。
時事問題をブログに書き込まないようにしてますが、政治にも、経済にも、社会の様々な出来事にも、スポーツにも、芸能にも人並みの興味はあります。現世人としての常識も信条も持ってるつもりです。
サッカーに対する関心も人並みというところでしょうか。日本の勝利を喜び、素晴らしいプレーには感嘆します。
個々の試合や選手の活躍よりも、わたしの最も興味のあるところは予選から決勝までのトーナメントシステムです。「トーナメント」の発生と語源は省略しますが、今回のワールドカップは32ヶ国が予選にあたる「グループトーナメント戦(リーグ戦)」を経て「勝ち残り式トーナメント方式」による決勝トーナメントに進むということになります。
予選リーグ戦は4チーム総当たり戦で、勝ち点方式。単純に勝利数だけでなく得失点差や対戦相手による優劣をつけて必ず順位を付けます。1グループ4チームですから、4チームX4チームー自チーム数ですから、12試合。予選は8グループに分けられていますから、12試合X8グループ=96試合です。
決勝トーナメントに進めるのが16チームなので、15チームが敗退するための試合が15試合になり、予選と合わせると111試合が行われるんですね。
予選リーグを勝ち上がるには一勝一分けでもいいみたいですから、決勝トーナメントの4試合と合わせても5回勝って世界一なんてことも可能なんです。
日本は、もう一回勝ってますから、あと4回勝って世界一なんてことも有り得ないことはないですよね。
勝ち残り方式は単純で一番分かりやすいトーナメントですが、敗者は二度と浮かび上がれません。元々は”勝敗”は”生死”を意味するシステムがこのトーナメントだったんですね。今では、野球やソフトボールの国際大会のように、何回聞いてもチンプンカンプンな変則的なトーナメント形式や敗者復活もあります。大会によっていろんな方式がありますから飽きませんね。
自国の勝敗や、ひいきのチームや選手の動向に一喜一憂するだけでなく、全部で何試合するのかしらとか、最小で何回勝てば優勝するかしらとか、何回負けても大丈夫かしらとか、そんなことをマニアックに考えてる専務です。
2010年06月15日
四つ葉会 会長就任挨拶
「四つ葉のクローバーのブログを見ましたよ」、という方がおられました。
ありがたいことです。このブログを読んでくださる方が一人でもいらっしゃることを知りましたことは、無上の喜びであります。
これを記念して、「四つ葉の会」を設立し、不肖わたしが会長に就き、本会を発展、充実させるべくその職を全うしたいと存じております。今後とも、四つ葉の正しい理解と正しい普及を目指して、不惜身命で臨む所存であります。会員各位の更なるご指導ご鞭撻をお願いいたしまして就任の挨拶といたします。
今も、これからも会員は増えないし減らないであろう。・・・・不増不減是故空中無色・・・・である。
さて、会長に就任したのはこのブログをご覧になっている方がおられたことだけがきっかけではない。当社の駐車場周囲がわたしのホームグランドであるが、なんと綺麗に除草されていたのである。誰にも文句を言う訳にはいかないが、心中を察していただきたい。傷心のまま自宅に帰ると、ネコの額のような庭の片隅に、初夏を謳歌している元気な一株のクローバーがわたしを見て微笑んでいるではないか。近づいてみると、3本の四つ葉が目に飛び込んできた。周囲に察知されないように気を使いながらも、『神はわたしを見捨てない』と心の中で歓喜の叫びをあげて、ゆっくりとしゃがみ込むと・・・・一気に10本の四つ葉を手に入れたのである。多少、不揃いの葉っぱであるが貰ってくれる人の笑顔を想像しながら (実際はやや引きつった笑みを浮かべて受け取ってくれる・・) 単行本に挟み込んで押し葉にしたのである。
天才は時と場所を選ばない。わたしの実力は、まさにここに証明された。わたし以外に会長職を務める者はいない。
自分の才能と幸運に溺れそうな者こそ会長に就くべきだと思い今日に至った次第である。
四つ葉会 会長 さがえ専務
2010年06月11日
四葉のクローバー
特技と云うほどではないが、四葉のクローバーを見つけるのが上手です。
大体、10000本に1本の割合だそうですが、一度に20本、30本を見つけることもあります。水に活けたり、押し葉にしてみんなに上げたりしてますが、相手が大人になるほど喜ばれませんね。
スマップより遥か昔のフォーリーブスの世代ですから思い入れがあるのか、子供のころから道端にしゃがみ込んでは「四つ葉」を探してました。
ご存知のとおり、四つ葉のクローバーは幸運のしるしとして珍重されていますが、4枚の葉っぱにそれぞれの意味があるそうです。
希望、誠実、愛情、幸運の四つだと聞いてます。三つ葉の場合はどれか一つが欠けているんでしょうか・・・10000分の1くらいしか本当の幸運に巡り会えないのがこの世の常なんでしょうね。
五つ葉になると、金銭運が特に好調になるとか・・・意識して五つ葉を探すことにしましょう。
ちなみに、今までの最高記録は8枚までありますよ。多過ぎるのもいかがかと思いますが、新記録達成の折には発表します。
2010年06月10日
桃次郎のこと 其の二
桃次郎について語らなければいけない。
桃次郎は大食漢である。
桃次郎は放浪癖がある。
桃次郎はイケメンである。
桃次郎は・・・・・・・・・。
今日は「大食漢」の理由を考えてみたい。桃次郎は一日5食だ。朝、昼、夜の三回はカリカリのキャットフード。10時と3時のおやつは煮干、カニカマ、缶詰の類を毎回与えた分だけ完食する。
四六時中、食べ物をねだる(狙うという表現が適切か)ので食事中もうかうかできない。新巻鮭を母がさばいた時に使用した軍手の10本の指(両手の分)をきれいに食べて知らん顔をし、ご飯を普通に食べてるような奴である。
この旺盛な食欲には悲しい理由がある。
動物の本能で最たるものは「種の存続」であろう。しかしながら、本人の意思を確認しないままに、桃次郎はニューハーフになっていたのだ。
種の保存が不可能と悟った桃次郎は、自身の保存に全精力を傾けているのであろう。
五感のうち何か一つが欠けると、残された感覚が発達してくると聞いたことがある。種の保存の能力を断ち切られた桃次郎の本能は個体の生存に執着せざるを得ないのであろう。ひたすら喰うのである。
肉、魚はしかたないが、生野菜、漬物、味噌汁、煮物、揚げ物・・・・人間が食するものは何でも喰えると思っている。実際、美味そうに喰うのである。あまりの食欲の増進に味覚が破壊されたのだろう。
近所でも、これが評判となり夫々の飼い猫が食い残した缶詰やおやつの類が我が家に集まってくる。一般的な猫は、通常の食事が少しでも変化すると食欲が落ちるのだそうだ。メーカーや味付けが違うだけで残してしまうらしい。それらが、桃次郎のもとに集まってくる。
確かに、動物病院の先生からは、「この手術の後は食べすぎに注意しないといけないよ」とは言われていたが、ここまでの食欲はニューハーフになったせいではないんじゃないかと・・・・
この食欲の源をもう少し深く考察してみようと思っています。
2010年06月09日
地鎮祭考
米沢さすが家『はなみずき』の起工式が執り行われました。
10月には完成、新店舗開店の予定です。和食を中心にしたファミリーレストランの形態はそのままに、甘味喫茶や居酒屋部門を強化し、宴会場も備えたいろいろなニーズに応えられるお店として生まれ変わります。楽しみにお待ちください。
工事に先立って、関係者が一同に会して「起工式」を行い、工事の無事故と立派な完成を祈ります。形式は様々ありますが、参会の全員の心を一つにして祈りを捧げることに変わりは無いでしょう。
それでは、誰に祈りを捧げるんでしょうか。自分たちの心に誓うだけでは心もとないような気がします。
そこで、「神事」が大事になるんです。宗教に直結するというより、宗教そのものですから気をつけてお話しますが、宗派によってお願いする相手が違ってきます。この辺では、神道によって神主さんにお願いするケースと神仏混仰の法印さまにお願いするケースが多いようですので、そのあたりに限ってお話しします。
昨日の起工式は、神仏混仰の昔ながらの形式で執り行いました。今は宗教法人の登記上、必ず神(神社)か佛(寺院)かで分けられますが、これは明治以降に国の施策で始まったもので、それ以前は神仏を一体で祀り信仰していたのが当たり前なんです。(この辺の事情は後日ゆっくりと・・・)
神事で必ず行うことは、先ずはその土地(場所)を清めること。
続いて祈りを捧げる人々を清めること。
清浄になった式場に神や佛をお招きすること。
願い事を伝えること。
お呼びした神仏に供物を捧げること。
喜んでいただくためにお経や呪を唱えること。
地の神は地に、天の神は天に帰っていただくこと。
お供えしたお神酒で乾杯して、建て主様から挨拶をいただいて終了です。
こんな流れが一般的でしょう。
でも、神様をお迎えしても目には見えません。神主さんの神々しい姿に何かは感じますが、本当の神様を見たという話は聞いたことがありません。日本人は草木一本にも神を感じる力があるようですから、心に思うままでいいのでしょう。結局は、建て主さんをはじめとする関係者一同が、心を一つにして同じ目標に向かってスタートを切る日が「起工式」でしょう。
建築工事には、古来からの様々な儀式があります。本来の意味から外れていくものもあるかと思いますが、漠然と踏襲するのではなく、現代に即した意味合いを考えながら伝統を守り続けたいと思います。
2010年06月08日
桃次郎のこと 其の一
桃次郎について語りたい。
桃次郎は猫である。名前から察するとおりオスネコである。わたしの息子になって来月で2年である。食い意地の張ったサバトラである。
名前の謂われは、わたしの母がメスネコと勘違いしたことによる。昨年のペットの名前、猫の女の子nO,1が『もも』なのである。帰宅したわたしに「名前を決めたぞ!」と得意げに話す母にオスである証拠をまざまざと見せたのである。母はしかたなく納得したが、肝心の猫がすっかり「もも」という名前を気に入ってしまったのである。一日中、母から「もも」と呼ばれ続けた本人にしてみれば、一日で改名させられたのではやりきれないであろう。
ここは、父親の決断しかない。「もも」を男にするには、太郎を付ければいいという単純明快な理由により、「桃太郎」になりかけたが、ここで娘が、、、「一応、我が家には人間の長男がいる訳で・・・。」
父は即断した。「桃次郎」しかないと。 早速、命名書を墨書して神棚の下に張り出した。
その後、順調に育ってきたが・・・・・続く
2010年06月07日
たけのこ採ったどー!
今シーズン初のたけのこ採りに行ってきました。
一般的な孟宗竹ではありません。米沢は孟宗が自生していません。庭木や景観つくりのために植えているところもありますが、やはり雪にやられるんでしょうか・・あまり元気が無いです。風には耐えるようですが米沢の湿った重い雪は苦手みたいですね。
わたしが採ってきたのは、根曲がり竹という細竹の筍です。この辺では吾妻筍とか月山筍とか採れる山の名前を冠して呼んでるようです。標高1000以上の高山に自生してますから、特に雪解けの遅い今年はようやくシーズンインです。
3m~4m積もる高山なので半年以上雪の下でがんばってる根性のある竹です。根曲り竹名前のように崖地に沢に向かって斜めに生えてます。
崖地だから斜めなのか、雪の重みで斜めになるのか、一度は平らな場所で育ててみたいものだといつも思います。
今年は、まだまだ雪が残っています。やっと鉛筆くらいの太さになった竹の子の子を藪の中を掻き分けながら採ってきました。7月中旬までは楽しめそうです。
帰ってからの皮むき作業が大変です。ゴムローラー式の道具もあるようですが、わたしはひたすら手作業で一本ずつ一枚一枚剥いていきます。新鮮ですから、あく抜きなしですぐに料理できます。定番は鯖缶詰を入れた味噌汁ですね。他に、煮物、天ぷら、和えのも、皮付きのまま焼き物、浅漬け・・・一通り作って初物を味わいました。
今月は、休日ごとに山に行こうかと思ってますが天候と体力が続くことを願ってます。
運動会日和
土曜日はすごい夕立があって、雷とともに雹(ひょう)が降ったり停電したりで大変でした。
打って変わって日曜日は晴天に恵まれ、米沢市内ではあちこちで運動会が開かれていたようです。
米沢市内は18の小学校学区に分かれますが、殆んどがその学区ごとに開催しているようです。明治当初からの市内を東・西・南・北・中央に5分して、周辺は、ほぼ合併前の旧村単位で13地区になります。元々の市内を旧市内、合併後の地域を新市内と呼ぶ人がおりますが、若干差別的というか、中心部に住む人のプライドがうかがえますな。その旧市内も松川より西側を”城下”と呼び、東部地区は”川東”と、まるで未開の葭原のように云う人もいます。
100年前に市制が始まり、400年前から上杉の城下町が形成されてますから、特に中央部の人々はその歴史の重さを誇りに思ってるんでしょうね。
さて、運動会の話しでした。
この時期に開催されるのは、梅雨前の晴天が続く気候はもちろんですが、田植えや畑の作付けが終了して一段落の時・・・・・秋の豊作を祈る予祝の春祭りの意味合いがあるのかなと思っています。
『ハレ』の日に思いっきり体を動かして、反省会と称する『直会(なおらい)』を楽しみます。地域の老若男女が集い、一日現業(現実)を忘れて笑いあう・・・現代の春祭りですね。
今の時期は晴天が続きますから現場も順調なんですが、なかなか現場が始まらないんです。
明日は「和膳 はなみずき」というお店の起工式が執り行われますから、この天気が続いてくれるといいですね。
2010年06月05日
雨です
今日は久し振りの雨です。山も畑も田んぼも喜んでいるでしょう。
この業界にいると、この雨降りが怖いんです。雨漏り発生の電話が来るかと戦々恐々の時間を過ごすことになります。
建物の定義はと問われれば、「雨風をしのぐこと」となるんじゃないでしょうか。この単純な定義がなかなか難しいのです。
ー雨は屋根で防ぐーというのが一般的なイメージでしょうが、最近は軒の無い建物も多いのでサッシの周りや外壁のジョイントなど様々な箇所からの雨水の浸入が考えられるんです。
これらに有効なのが”コーキング”ですね。しかし、これが曲者で、表面から見ただけでは不良箇所が判らない。それらしいと思われる場所に、ベタベタと重ねていくことになります。
昔は大雨でも、障子紙が濡れないくらい軒を深く出してましたし、外周の危ないところは”雨返ししゃくり”とか”水切りしゃくり”という加工をした木材を使用してました。それでも心配な箇所には板金で水切りを付けましたが、絶妙の隙間を空けて毛細管現象で水を吸い上げないようにしてましたね。
コーキングなどというものが無かった時代は、人様の迷惑にならないようにと、水の気持ちになって建物が作られていたような気がします。
わたしの設計する建物は、ほとんどが軒を出してます。雨水は怖いものです。まずは屋根で防ぐのが基本だと思っています。
できるだけ「コーキング」を主役にしない建物を作っていきたいですね。
今日は建設会社の専務らしい内容でした
2010年06月04日
最上川と松川
世の中は新首相の話で持ちきりだと思いますが、この商売をしていくには”政治と神様”の話はするなと先輩からきつく教えられたもので、あえてノーコメントです。(何時いかなる時にお客様となられるかもしれないから、個人的な主義主張や敵味方になるようなことを避けなさいということか)
さて、山形県民歌というのがあります。昭和天皇御製の「広き野を ながれゆけども 最上川 うみに入るまで にごらざりけり」という歌詞です。
米沢市の吾妻山を源として、酒田市で日本海に注ぐまで他県に一度も出ることなく、この大河が唯一山形県内を流れるという意味だそうです。
この”最上川”という呼び方について、常々疑問に思っていることがあります。今では、米沢市内をゆったりと流れるこの川には”最上川”の標識があちこちに立っていますし、スカイバレーを登れば赤滝、黒滝の看板に”最上川源流”と大きく書いています。
しかし・・・わたしは物心ついた時からこの川を”松川”と呼んでいました。
わたしの生まれは、米沢市の北に位置する川西町(まさに、この大河の西に位置するために命名された)で、そこで育ちました。
小学校校歌 「流れ絶えない松川の・・・・・」
中学校校歌 「行く水清き松川の・・・・・」
高校は米沢市内であるが 「吾妻は雲間に松川ながし・・・・・」
いずれも松川ではないか?
小学校の社会の授業で「吾妻山から流れてくる松川と、飯豊山から流れてくる白川が合流する長井市より下流を最上川といいます」って習ったような気がするんだけどなあ。
政治とは全く無縁のところで心を悩ませている専務です。
水道の話し
今日は水道の話しです。
古い家屋の水道引き込みを利用して、新たに事務所で使用すべく配管を探してきました。米沢市では、20mmのメーターを取り付ける場合は「加入金」が84.000円必要です。
せめて工事費だけでも節約したいと思って、昔の配管を掘り当ててきました。
13mmの管でしたから、52.500円の加入金を収めれば引き込み工事不要です。
ところで、米沢の上水道はとても美味しいですよ。市長がボトル詰めにして売り出そうかと言ってた記憶があります。何れの水源もきれいな河川の上流にありますし、地下水も利用してますからね。
遠く旅に出る人に「水には気をつけろよ」と昔から言うもんですが、米沢へ来る旅人は大丈夫です。でも考えてみれば、そこで暮らしている人々は、毎日その地の水を飲んでるわけですから要は慣れでしょうか。水も地産地消が一番ですね。
わたしは、フランスやオーストリアから遙々やってくる何とかウオーターを毎日飲んでますが・・・・・
2010年06月03日
鋼管杭とキューリ
今、ファミリーマート米沢中田店の工事をしています。今日は杭工事でした。
10年前に隣接地に同規模の店を建てましたが、当時は平家建の店舗に杭を打ち込むなんて発想は無かったような気がします。最近は、事前の地盤調査をしっかりおこなって、絶対の安全性と耐久性を考えて設計するようになりました。
5mの真直ぐな鋼管杭を28本打っていますが、隣ではオーナーの奥様が野菜の直売をしております。
「さがえさん、キューリ持ってげー」と言われて、先っぽが丸くなったキューリをどっさり頂きました。
まっすぐな鋼管杭を見ながら、曲がったキューリを手にしていると何となくおかしくなりました。
「キューリをまっすぐにして収穫するには、畑の水次第なんだ」とオーナーのおじいさんが言ってましたが、それがなかなか難しいみたいです。
また頂けるように曲がったキューリを作り続けてもらいたいもんです。
大変おいしく頂きました。ごちそう様でした。
2010年06月02日
「専務のつぶやき。」はじまります
専務のさがえです。
毎日朝礼の時に、全員の廻り番でスピーチをしています。
週のテーマを決めて、「生まれかわるとすれば何になりたい」「宝くじで3億当たったら」とか、日常の業務とは関係ないものがほとんどなんですが…。先週なんかは「持病の話」などというテーマでした。
10人程度で廻してますが、みんなはすぐに順番が来ると言ってますけど、私は人前で話すのが大好きで、長々と話をしてヒンシュクをかってます。そこで、話し足りない分をブログにという事になって、このコーナーがスタートした次第です。
あまり役に立たない話ばかりだと思いますが、その日の心持ちを書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。